竹内涼真、サッカー時代はユースチームに所属も怪我で挫折続きの過去!大学での苦悩と芸能界デビューまでに迫る!

サッカーをしていたことで有名な竹内涼真さん。

学生時代はプロサッカーチームのユースに所属していた本格派。鍛え抜かれた肉体とスポーティー爽やかな印象はサッカーで培われたのでしょうね。

ところが、そんな一見華やかな竹内涼真さんの過去を紐解くと、実は大学で挫折しており、サッカーの思いを振り切って俳優に挑戦していたことがわかったんです!

この記事では、竹内涼真さんが所属していたチームのこと、そして大学での怪我、サッカーを諦める苦悩から芸能界デビューまで、竹内涼真さんが過去感じていたことについてお伝えしていきます!

それではさっそく見ていきましょう!

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竹内涼真がサッカーを始めたのは5歳から!

竹内涼真がサッカーを始めたのは早く、小学校に入学する前の5歳からボールを蹴り始めたと言われています。

小学校では、小学校や地域のスポーツ少年団のチームに所属する場合もあれば資金を集めて運営しているクラブチームに所属する場合もあり、地域のチームとクラブチームには運営の主体と親の負担による違いがあります。

地域のチームはサッカー経験のある人がボランティアでコーチ・監督をつとめ、地域の保護者を巻き込んでボランティアで運営することが多いのに対し、クラブチームの場合は、しっかりとクラブが引率・車出しなどをし、コーチ・監督もレベルの高いサッカー経験者で雇われているため月謝も相当量かかります。

竹内涼真はヴェルディユースで本格的にプロを目指していた

竹内涼真さんはというと、レベルの高いクラブチームであるヴェルディサッカースクール相模原に通い、セレクションを経て高校時代はヴェルディユースに所属しています。

ヴェルディサッカースクール相模原は、ジュニア(幼稚園・小学生)が対象、プロサッカーチームの下部組織であるユース入りも念頭に置いた本格的なクラブで、小学生といえども月謝は7000円~10000円と高額。

竹内涼真さんは小学校の頃から本気でプロを目指してサッカーに取り組んでたんですね。

そして厳しいセレクション(選抜)を経て、ヴェルディユースに所属しますが、そのレベルの高さは想像以上。

ヴェルディユースのトップチームである東京ヴェルディは、現在Jリーグ2部のJ2ではありますが、Jリーグ発足当初からの老舗チームで、初期の頃には三浦知良選手やラモス瑠偉、武田修宏さんなど日本を代表する選手が所属していた超有名チーム。野球で言えば、甲子園に毎年出場するような強豪校に入学したようなものです。

竹内涼真さんは、そのヴェルディユースのセレクションに合格するくらいですから、サッカー少年の中でもトップクラスのうまさを誇っていたわけですが、ヴェルディユースに入って初めて挫折を経験します。

ヴェルディユースで初めての挫折、試合に出られない屈辱

憧れのプロまでもう少しのところまできた竹内涼真さんですが、ヴェルディユースで屈辱を味わいます。

それが試合に出られないということ。プロのユース組織となれば、関東でも指折りのサッカー自慢が集まってきており、その中で試合に出るというのは想像以上に大変なこと。

竹内涼真さんによると、ヴェルディユース時代は試合に出ていなかったらしく、ずっと2軍だったそうです。

プロ野球などのプロチームで2軍という言葉を耳にしますが、高校生の頃から2軍で試合に出られないというのは相当つらく悔しいことだと思います。

ちなみに竹内涼真さんの同期のメンバーでプロとして活躍している人も複数おり、杉本竜士さん・南秀仁さん・舘野俊祐さん・田中貴大さんなど高校・ユースを含めた中で同期でこれだけプロで活躍している選手がいるということはかなりレベルが高かったのでしょう。

竹内涼真さんは、ヴェルディユースからのプロ昇格は叶いませんでしたが、サッカー推薦を受けて大学に進学する道を選びます。

立正大学でサッカーを続け、プロ目指す

竹内涼真さんはその後、サッカー推薦で立正(りっしょう)大学地球環境科学部地理学科に入学。

立正大学は、仏教系(日蓮宗の流れをくむ)の大学で、立正(正しき教えを立て国と社会の安寧や和平のために尽くす)の精神に学ぶことが大学名の由来。

東京・品川と埼玉・熊谷にキャンパスがありますが、サッカー部の施設のある熊谷キャンパスに竹内涼真さんは通うことになります。

立正大学は現在関東大学サッカーリーグ2部、東京都大学サッカーリーグ1部に所属。2部と言えども関東大学サッカーリーグは、全国屈指のレベルを誇り、各都・県の大学連盟リーグを勝ち抜いてやっと昇格できるリーグです。

竹内涼真さんが在学していた時はちょうど2部から降格し、再び関東大学サッカーリーグに復帰するため奮闘していた時期でしょう。実家の東京都町田から埼玉県熊谷まで二時間以上をかけて通い、プロサッカーの夢を持ちながら必死に練習を続ける毎日。プロは諦めなければならないというという気持ちとでもやっぱり諦めきれない気持ちが交錯していたのではないかと推測されます。

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右足首に大怪我、サッカーを諦めることに

サッカーに対する複雑な思いを抱えたまま、竹内涼真さんは20歳の時、今度は右足首に大けがを負います。

サッカー選手は走ってなんぼのスポーツ。もう全力でサッカーをすることが難しいとわかった時、竹内涼真さんはどんな気持ちになったのでしょうか。

もちろん悔しい・ツラいという気持ちはあったでしょうが、あまりのライバルのうまさにプロになるのは難しいと感じていたことも事実。怪我を負ったことで一つのあきらめ、ケジメがこの時ついたんだと私は思いました。

夢はプロサッカー選手から俳優へ

サッカーを諦めるということを伝えるのには相当葛藤があったと思います。

青春時代を共に過ごしたサッカー仲間や大学の監督・コーチ、そして今まで高いお金を払って息子の夢を支えてくれていた両親。

しかし、知人から芸能界デビューの話が舞い込んできます。「mina(ミーナ)」という女性誌で初の男性専属モデルの募集。

他の人にそのことを相談できず、唯一話したのが竹内涼真さんの妹・ほのかさんだったそうです。そして妹のほのかさんは、「芸能界、いいんじゃない?」と背中を押してくれたんだとか。

その後、竹内涼真さんはその女性誌で行われた「minaカレグランプリ」にて2457人の中から見事グランプリを獲得、本名の「竹内崚」から現在の「竹内涼真」として芸能事務所ホリプロに所属し、芸能界の道へ歩んでいきます。

2013年8月には「第43回東京モーターショー2013」のサポーターファミリー「車家の人々」の次男のオーディションにおいても1,281名の応募の中からグランプリに輝きます。

2014年「仮面ライダードライブ」の主役に抜擢されて以降の活躍は周知のとおり。今や日本を代表する若手俳優にまで成長を遂げました。

サッカー時代はずっとネガティブだった

現在、テレビのバラエティ番組などで竹内涼真さんを見る機会が増えていますが、とっても家族思いで明るくポジティブなキャラクターの竹内涼真さん。

けれど、サッカー時代はずっとネガティブだったそうです。高校時代の3年間(ヴェルディユース時代)はずっと試合に出れずじまいで、ネガティブの塊と思えるほど、自分に自信がなく暗い存在だと振り返っていました。

ネガティブだったサッカー時代、今までの人生を振り返ってみるとそれでずっとうまくいかなかった。だから、芸能界に入ったら、いっそのことポジティブになろうと決めたそうです。

ケガや力の差があって、僕は3年間ずっとネガティブでした。でも、チームメイトの中でサッカーの実力がある選手はみんな、ポジティブなんですね。ポジティブだから、こんなすごい選手になったのか、と。だから、芸能界に入ったら、自分もポジティブになろう

竹内涼真さんはただ明るいだけの薄っぺらいポジティブではなく、ネガティブをずっと味わい続けて受け入れたうえでのポジティブだったんですね。

竹内涼真さんが今これほど活躍している理由がわかったような気がします。

回り道はしたけど、ふたたびサッカーに関わることができた!

竹内涼真さん、プロサッカー選手の夢を絶たれましたが俳優としては現在成功し続け、俳優の日本代表といっても過言ではない活躍を遂げています。

回り道こそしましたが、サッカーに関わることができるようになった竹内涼真さん。

ワールドカップを決める大事なアジア最終予選を勝ち抜き、みごとロシアワールドカップの出場を決めた日本代表。その日本代表がハイチ代表と国際親善試合を行った際に、竹内涼真さんはゲスト解説としてサッカー日本代表戦の舞台でお仕事をする機会が巡ってきました。

ヴェルディユースの先輩に小林祐希!

その日本代表のメンバーに名を連ねていたのが小林祐希選手。

小林祐希選手は、現在オランダリーグのSCヘーレンフェーンに所属しており、日本代表の中でも注目選手のひとりですが、なんと、小林祐希選手は、ヴェルディユースに所属していたんです!

しかも竹内涼真さんと面識があり、小林祐希さんは竹内涼真さんの1学年上。小林祐希さんはヴェルディユース当時から絶対的存在として君臨しており、竹内涼真さんも、「ヴェルディユースの絶対的存在。神様です」といい切り、ちょっと怖かったけど、プレーでも私生活でもちゃんとしている先輩だったそうです。

竹内涼真さん、先輩である小林祐希さんの活躍を心から期待している様子。ワールドカップ本戦でも大活躍してほしいですね。

そして、一度は挫折した大好きなサッカーですが、また違った形からサッカーに関わる機会がどんどん増えていってほしいと思っています!

まとめ

  • 竹内涼真さんは5歳からサッカーを始め、Jリーグ下部組織のヴェルディユースに所属していた。
  • 竹内涼真さんは本格的にプロを目指していたが、チーム内のレベルは高く試合にも出られない日々が続いた。
  • 竹内涼真さんはサッカー推薦で立正大学に進学したが、そこで右足首に大怪我を負ってしまう。
  • サッカーへの思いは強かったが、足首の怪我やレベルの高さからプロの道を諦め、芸能界への道へと進む。
  • 現在は俳優として大活躍しており、俳優の立場からふたたびサッカーに関わることとなる。

いかがだったでしょうか。イケメンで歌もうまいだけでなく、サッカーもプロレベルと華やかな道を歩いてきたと思われていた竹内涼真さんにこんな過去があったとは驚きでした。

暗い過去を受け入れ、明るく活躍する竹内涼真さんにさらに興味を持ちました。これからも活躍して、サッカーにも関わっていってほしいと思います!

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