菅田将暉の父親が本を出版、メディア露出に賛否両論!職業や会社員時代のエピソードも併せて紹介!

俳優として若手No.1に上り詰め、最近では歌手活動でも注目を浴びる菅田将暉さん。

そんな菅田将暉さんのお父さんが経営コンサルタント社長としてかなりの有名人であることがわかりました!

お名前は菅生新(すごうあらた)さんでサラリーマン時代は成績トップ、なんでも関西ではラジオとテレビ番組を持っていて、学生時代は時代劇俳優をしていたとか。

最近では子育て本を出版し注目を浴びていますが、パワフルなキャラゆえにメディア露出に賛否両論出ているということで気になり調べてみました!

この記事を読むと、菅田将暉がどんなお父さんの元で育ったのか、そしてなぜここまでブレイクしたのかがわかるようになりますよ。

ではさっそく見ていきましょう!

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菅田将暉の父親・菅生新のプロフィール

出典:http://www.news-postseven.com/

  • 名前:菅生 新(すごう あらた)
  • 生年月日:1959年8月8日
  • 出身:高知県高知市
  • 学歴:清風南海学園高校⇒同志社大学
  • 職業:経営コンサルタント・放送ジャーナリスト

あの菅田将暉さんのお父さんの名前は菅生 新(すごう あらた)さん。

菅田将暉さんの本名は菅生 大将(すごう たいしょう)という珍しい名前で知られており、菅田将暉さんは芸能活動のはじめのうちは本名の「菅生大将」で活動していたんですが、お父さんも有名な方なので、親子だとバレてしまうのを避けるために名前を改名したと語っています。

菅生新さんの生まれは坂本龍馬の故郷・高知県で、育ちは大阪府・堺市。

※菅田将暉さんのプロフィールには、出身:大阪府箕面市とある通り、大阪が菅生新さんの現在の活動拠点でもあります。

そして出身高校は仏教教育が盛んな大阪・堺市の清風南海学園高校、主審大学は京都のキリスト教系大学にして関西有名私立大学の同志社大学法学部に進学。

菅生新さんは大学時代、学費と生活費を稼ぐために時代劇役者として活躍していたそうです!

菅生新は大学時代に時代劇に出演、実は俳優経験者だった!

菅生新さんは高校生の頃にブルース・リーに憧れて少林寺拳法部に入部。併せて剣道部にも入り、侍への憧れを持ったことが時代劇役者のキッカケとなったといいます。

時代劇の撮影所と言えば、京都太秦撮影所。菅生新さんはアルバイトではありますが、「水戸黄門」「大奥」などの有名作品にエキストラとして出演していたらしく、短い期間でしたが菅田将暉さんと同じく俳優業でもご活躍されていたみたいですね。

大学卒業後は一般企業に就職、サラリーマンとして働き始めますがそこでもスゴイ実績をつくります。

会社員時代は製薬会社に勤務、営業成績はトップ!

菅生新さんが勤めていたのは製薬会社の「藤沢薬品工業」。

菅生新さんは営業マンとして働いていましたが、その営業成績がなんと営業社員1200人の中でトップの成績を獲得されたそう。

藤沢薬品工業は2005年、山之内製薬と合併して、「アステラス製薬」になっており、アステラス製薬は東証一部上場、医薬品業種の時価総額2位を誇る国内トップ企業!

そんな大企業での営業成績トップですから、菅生新さんの実力はとても凄かったんでしょうね!

そして30代になったころ、取引先の経営者との出会いを経て独立の道へと進みます。

菅生新は30代で独立、経営コンサルタント会社の社長に!

営業マン時代に経営者の方を通じて出会ったのがこのSMI(サクセス・モチベーション・インスティテュート)です。

SMIとは、平たく言うと自己啓発・能力開発のプログラム。

目標設定やモチベーション維持として社員研修に取り入れられているだけでなく、経営・マネジメントの分野にも広く応用できるプログラムとして世界80か国以上で活用されているとのこと。

かねてから経営学に興味を持っていた菅生新さんはこのプログラムを活用し、ベンチャー企業の経営コンサルタントとして独立を果たします。

コンサルタントとしての実績も申し分なく、SMI世界大会で2年連続「セールズ世界大賞」を受賞。

こちらが菅生新さんの公式ホームページのプロフィールです。

1959年8月8日、高知県生まれ。
同志社大学法学部卒業。藤沢薬品工業株式会社を経て、SMI(※)の代理店として独立。
1991年と1992年SMI世界大会で、2年連続「セールズ世界大賞」を受賞。
現在、講演、執筆、幹部教育などに活躍。
主にベンチャー企業のビジネスコンサルタントとして、起業からIPO(株式公開)までの指導・顧問をする。

※SMI(サクセス・モチベーション・インスティチュート)
「人間の潜在能力には限界がない」という哲学を基に、1960年に創設され、以来四半世紀に渡り、世界最高の能力開発組織として発展。現在世界3000社の代理店を持つ教育機関として世界80数カ国で活用されている。

出典:菅生新公式ホームページ

ちょうどその頃菅生新さんは結婚し、菅田将暉さんが誕生します。菅田将暉さんは1993年生まれですから、34歳の頃にパパになった計算ですね。

ベンチャー企業支援の会社の社長となった後も、持ち前のアグレッシブさと開拓精神で、次々と新しいことにチャレンジしていきます。

  • 放送ジャーナリストととして活動、1998年「菅生新のサクセスファイター」放送開始
  • 2005年にはテレビ番組「サクセスファイター」が関西ローカルで放送
  • 一度は終了するが、2009年には「ビジネスハンター」として番組復活、以後不定期で番組出演

こちらが菅生新さんが出演していた番組「ビジネスハンター」

菅生新さんはモチベーションを持ち続けることこそビジネスの成功だというポリシーを持っており、今後も映画化されるような社会派小説を書き、その映画製作にも携わりたいという野望を持ち続けています。

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と、菅生新さんのプロフィールを振り返ってみると、かなりアツい方だということがわかってくるかと思いますが、菅田将暉さんが人気俳優となった今、あちらこちらで困ったことが起きているようなのです。

菅田将暉の父親・菅生新が所属事務所の悩みの種?

そんなアツいお父さんの菅生新さんに事務所も困惑しているとの情報も。菅田将暉さんによると、菅生新さんは息子が芸能界入りするのに対して反対しなかったばかりか大賛成だったよう。

「うちの親父は大賛成で、どちらかというと僕よりも前に出るタイプ。バラエティ番組とかで昔の写真を頼まれると100枚ぐらい送っちゃう人なんです」

過去に週刊新潮などのメディアが取材をしたものの、菅田将暉さんよりもお父さんの方がしゃべりすぎて事務所からストップがかかってしまい、取材はお蔵入りになってしまったそうです。

今まで猛烈な勢いで自分の人生を切り開いてきた菅生新さん。そのパワフルさが悪い方向に出て、よけいなことまでしゃべってしまわないかと事務所も頭を悩ませているんだそうです。

菅田将暉の父として吉田拓郎と対面、しかし…

菅田将暉さんと菅生新さんは父子揃って吉田拓郎ファン。

菅田将暉さんは吉田拓郎さんの世代ではありませんが、菅生新さんが大好きで小さい頃から吉田拓郎さんの歌のうんちくを聞かされてたと言い、「俺を拓郎に会わせろ」と事あるごとに言っていたんだとか。

そんな背景もあったのか、KinKi Kidsと吉田拓郎さんがMCを務める「LOVE LOVE あいしてる」が16年ぶりに復活し、菅田将暉さんがゲスト、客席にお父さんが駆けつけ、念願の吉田拓郎と対面を果たします。

そんな嬉しいことがある反面、お父さんのマシンガントークが視聴者の目についてしまうことが多く、その気はなくても菅田将暉さんの活躍を語ることに抵抗のある人もやはりいるのか、

  • 「本人の努力と運。親はドヤ顔で出てくる問題ではない。勘違いするな」
  • 「親は出てきてあんまり自慢げに語ったらあかん」
  • 「竹内(涼真)もそうだけど、家族メディアに露出させるのはやめたほうがいい」
  • 「まだまだ『途中』の息子でしょ。結果が出たと思うのは早いよ」

などとメディアに取り上げられるたびに辛らつな意見も聞かれるようになってきました。

子育て本を執筆した菅生新、理想の父親像を追求してきた過去

スゴー家の人々 ~自叙伝的 子育て奮戦記~

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そんな中で子育て本を執筆した菅生新さん。そこには辛い子供時代と理想の父親像を追求してきた過去が見えてきました。

実は菅生新さんは、小学五年生の頃に両親の離婚を経験し、父親という存在に対していいイメージを持てなかったというのです。

しかし、素敵な奥さんと出会って結婚し、息子である菅田将暉さんが産まれた時、「自分ならどういう父親がよかったのか」をまず考え、考えた結果、仕事も家庭も全力投球する父親になりたいと思うようになったそうです。

それからというもの、経営コンサルタントとして忙しく飛び回る毎日の中でも、息子の成長のために自身の講演会に連れていき、時には受付業務を経験させ、お金を稼ぐことの大変さや礼儀・礼節を学ばせたといいます。

アツすぎて、人によってはステージパパとうっとおしがられることもあるという菅生新さん。でもそこには、息子である菅田将暉さんのことを大事に育ててきたという自負もあるのではないかと感じました。

福山雅治のライブが菅田将暉の芸能界入りのキッカケ、その時父は…

菅田将暉さん本人の口から、父は芸能界入りに大賛成だったという話があったのですが、実は父・菅生新さんは勉学に励んで将来は有名大学に入ることを望んでいたそうなのです。

しかし、菅田将暉さんが中学一年生の時、福山雅治さんのライブを母親と見に行った時の菅田将暉さんの反応を聞いて、菅生新さんは息子が将来舞台に立つ仕事をするかもしれないと感じたそうです。

それからというもの、菅生新さんは菅田将暉さんに対し、舞台やライブ、漫才など生の演劇を見せることにこだわりました。よいものに触れさせて、どんな所がよかったのかを考えて言葉にさせる。

何事にも真剣な菅生新さんらしいやり方で、菅田将暉さんはデビュー以後めきめきと頭角を表し、今の地位に登り詰めます。

芸能事務所選びも積極的に人脈を使ったり、面談に同席したりして息子にとって最良となる道を探してきた菅生新さん。前述のとおり芸能事務所にとっては前にしゃしゃり出るステージパパに映ったと思いますが、息子への愛情は届いたはず。

今は息子の活躍を見届けなければならない我慢の時がやってきているのかもしれませんね。

まとめ

  • 菅田将暉さん(本名:菅生大将)のお父さんの名前は菅生新(すごうあらた)さん。
  • 菅生新さんは大学時代に時代劇役者として活躍、会社員時代は製薬会社の営業マンとしてトップの成績を収める。
  • 菅生新さんは経営学に興味を持っており、営業マン時代に出会ったSMIで経営コンサルタントとして独立する。
  • 以後、放送ジャーナリストととして、ラジオやテレビ番組に出演、精力的に活動を続けている。
  • 菅生新さんのアグレッシブな姿勢が、時に芸能事務所や視聴者の目につき批判の声が上がることもある。
  • 菅生新さんは子育ての本を出版、その中で両親が離婚し、理想の父親像を追求してきた過去が明かされる。
  • 菅生新さんは菅田将暉さんに大学に進んでほしかったが、芸能人としての適性を見抜き、以後全力で応援するようになる。
  • 菅生新さんは菅田将暉さんに舞台やライブ、漫才などの生の演劇をたくさん見せ、自分で考える力をつけさせた。
  • 忙しい中でも仕事と家庭どちらも大切にし、全力で頑張る姿が菅生新さん出版の本に書かれている。

いかがだったでしょうか。経歴を見る限り、とてもアグレッシブでアツいお父さんでステージパパの悪い面がクローズアップされることもありますが、これも子育てを真剣に取り組んでいるからこそ。

まだまだ菅田将暉さんは成長途上。これからの菅田将暉さんの活躍を応援していきたいと思います!

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2 Comments

zeketype32

SMIの日本総代理店だったのが、PJMジャパン。
サッカーのサガン鳥栖の前身PJMフューチャーズ(ウーゴ・マラドーナやバティスタも所属)を持っていた会社です。
スピードスケートの堀井学選手などもサポートしていました。

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kirakuniikou

なるほど、それはすごいですね。
PJMジャパンも調べてみました。どうもありがとうございます。

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